比叡山延暦寺と暴力団
天台宗総本山比叡山延暦寺の執行部が全員引責辞任した。
なんでも指定暴力団山口組の歴代組長の法要を延暦寺で営んだためその責任をとったそうだ。ということは暴力団は法要を営むこともできないのだろうか?それは延暦寺だったからいけないのだろうか?確かに暴力団の法要の参列者はは一般市民から見ると異様で不気味な人ばかりにみえる、しかしいくら暴力団とはいえ亡くなった先人を偲ぶという法要すら敬遠されるのはちょっと気の毒なように思う。これこそ心の問題ではないのか!
長い間必要悪として日本社会に君臨してきた暴力団はいつの間にか大都会からは排除されてその活動は地下にもぐったり地方都市に移ったりと相当に制限されているようだ。暴力団がいなくなった弊害といえば、町のお祭りがすっかりさびれてしまった。町内会や商店会の役員では祭りを仕切れないからだ。
昔の祭りはチンピラやくざがキチンと仕切ってくれた。だから賑やかでもあり楽しくもあった。子どもも大人もその楽しさを待ちわびるような昔なつかしい祭りをいま一度この目で見てみたい!


>>町内会や商店会の役員では祭りを仕切れないからだ。
ヤクザが仕切っていたからキチンとしてたなんてことはないだろう。
店はヤクザものが出店していることが多いから、同じヤクザでなくては抑えが効かないだけで、一般良識人しか出店させないお祭りはキチンと運営管理されている。
すこし認識を変えていただいたほうがよいと思います。
投稿: | 2009年8月23日 (日) 22時00分